2016年09月17日

奈良の寝倒れ、町の早起き、早起きは三文の徳  鹿政談

ご訪問ありがとうございます。
落語の旅人、庭乃雀でございます。

奈良大好きです。
近鉄奈良駅を降りて駅前の大通りに立つとわけもなくワクワクしてきます。
なんだろうなあ。奈良には原始のパワーが満ちてる気がします。
それはたぶん京都みたいに整備されてないからだと思います。

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同じ古都でも京都とは随分違います。
京都はちょっと作りすぎてる感があります。もちろん、ホスピタリティーは完璧です。
交通機関も町も人も観光客に対する心遣いが半端ないです。

その点奈良は、ちっとも観光客に媚びてません。
夕方5時頃からさっさと店じまい。夜の8時にはすっかりシャッター街に。
頑張らなくても季節を問わず観光客がやって来るので『大仏商法』
なんて呼ばれてるそうな。
灯りもなくまっくらになるので午前中が勝負。
観光客の方はさっさとホテルにこもるしかなくなります。
でもそこがいいのです。

夜の終了が早い分、朝はめちゃくちゃ早いです。
『奈良の寝倒れ』 『町の早起き』と申します。 
奈良にはキャッチフレーズがやたら多いですね。
どちらの起源にも鹿が絡んでいますがそれは後ほど・・・

奈良には人間の手が入っていない、太古の昔からそのまんまという感じのところが
多くあります。ボロボロはボロボロのまんまだったりします。
もうちょっと、欲出して観光地らしくすればいいのになあと思うところもありましたが、
やっぱりいいです、このままで。よくぞ放ったらかしにしておいてくれたと思います。
できることなら、このまま京都のように作りこまないで欲しい。
切に願う雀なのでありました。

チュンチュン

とはいえ、国宝、世界遺産の宝庫!世界屈指の観光地であることには違いありません。
今回のお話の舞台は春日です。
春日といえば鹿というぐらいたくさんの野生の鹿が暮らしています。
鹿と、春日大社の石灯籠の数を数えることができたら長者になれるという
言い伝えがあるくらいです。

いつからこんなに鹿がこの地にいるのかというと、
平城京の昔、春日大社の成り立ちまで遡ります。
大社創建の折、藤原氏が鹿島神宮からタケミカヅチの神をお迎えした時、
白い鹿にまたがり、たくさんの野生の鹿を従えてやって来られました。
以来、鹿は春日の神様のお仕えとして人々から大切にされてきたのです。

江戸時代には、鹿奉行なんてものもありました。
鹿を大切にするあまり、人間に対しては厳しい掟がありまして、
誤って殺してしまった場合でも男は死罪、
女子供なら石子詰めという石による生き埋めの刑( ̄□ ̄;)!
ちょっと殴っただけでも5貫文の罰金が科せられていました。
人間より鹿か!
そんなわけで鹿もいい気になって平気で人家の台所を漁るので、
由々しき問題になっておりました。そんな時代のお噺です。

チュンチュン

鹿.jpg

さてさて
三条横町の豆腐屋の六兵衛さん、今朝も早くから豆腐作りに精を出しておりました。
きらず(おから)の桶を表に出して、二番目の臼を引いていると、表でドサッという音が。
見てみるときらずの桶がひっくり返され、大きな犬が食べている。
とっさに六兵衛さん、側にあった割木を拾ってその犬めがけて投げつました。
みごとに命中、当りどころが悪かったのかそのままバタリと死んでしまいました。
暗闇でよくわからなかったのですが、実はそれは犬ではなく鹿でした。
大変です。神鹿を手にかけてしまいました。
正直者の六兵衛さんには何か細工を講じるという発想もなく、
あたふたしているうちに町の者も起きだして大騒ぎになります。
興福寺の僧侶、鹿の守役塚原出雲、二人の連名で奉行所に訴えられ、お取り調べとなります。

お奉行様は正直者の六兵衛さんをなんとか助けてやりたい。
鹿の死骸を前にして、毛並みは鹿に似ているがこれは犬であるとして
無罪放免にしてやろうとします。
与力連中や町役はこれに同意しますが、塚原出雲だけは恐れながらと承知しません。
そこでお奉行様の名裁き!
鹿のために用意されている餌料としての三千石を横領し、町人、百姓たちに
高利貸ししている事実をつきつけ、吟味いたすぞ! と一喝。
これには塚原出雲もあわてふためき「これは犬に違いない」と言わざるを得ません。
「犬を殺したものに咎はない」で一件落着となります。

「待て、六兵衛。その方は豆腐屋じゃな。きらず(切らず)にやるぞ」

「マメ(豆)で帰ります。」

チュンチュン

【本日のよもやま】
『奈良の寝倒れ』 『町の早起き』 
京都は着倒れ、大阪は食い倒れ、いずれも過ぎて身上を潰すという意味ですが、
それにならうと、寝てばかりいて貧乏になるという意味なのかな?と思いましたが
そうじゃないみたいです。

昔、鹿の死骸をみつけても勝手に処分することは出来ず、興福寺に届けて処理を
お願いしたそうです。で、費用はその敷地の住民持ち。

朝起きると家の前に鹿の死骸が。
費用がかさむのはごめんだから、隣の家の前に死骸を移動させます。
その家の住人も、向かいの家へというふうに死骸はどんどん移動していきます。
いちばん寝坊したものが割を食うという次第です。
寝てると費用がかさむので『奈良の寝倒れ』
誰よりも早く起きて死骸があるか確認しないといけないから『町の早起き』
となったそうです。

ちなみに文献によると、費用はだいたい三文だったとか。
それで出来たことわざが『早起きは三文の徳』
なるほど〜

奈良は夜が早くて行くところがないと書きましたが、まったくないわけではありません。
例えば春日大社や東大寺は夜でも散歩ができます。(やっぱり神社仏閣しかないのかい)
特に東大寺二月堂からの眺めは絶景ですし、夕景は絵のように美しいです。
近頃は時期によってはライトアップもされていて、むしろ夜のほうが楽しかったりします。

また、雀も一度は泊まってみたいと思いつつ実現していないのですが、
奈良ホテルは素敵です。創業103年の歴史を誇る由緒正しき老舗ホテル。
家具や調度品の殆どは昔のまんまの姿で残され、まるでタイムスリップしたかのよう。
悠久の奈良の時間をゆっくりとホテルで過ごすのも一計かと存じます。

あと、これはちょっと古い情報なのであるかどうかわかりませんが、
奈良駅近くに竹の館というおでん屋さんがあって、夜2時ぐらいまで開いていたそうです。
昔、みうらじゅんさんが、このお店のおかげで夜の奈良問題から救われたとおっしゃってました。
まだあるかな? あるといいな〜

チュンチュン

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posted by 庭乃雀 at 23:02| Comment(0) | 奈良編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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