2017年06月11日

定次郎、清水の観音さんに目を授かる 景清【後編】清水楊柳観世音菩薩編

ご訪問ありがとうございます。
落語の旅人、庭乃雀でございます。

前回の続きです。
柳谷の観音さんに愛想着かされた定次郎、甚兵衛さんに説得されて、
再度信心し直す事に。さすがに柳谷さんには足向けできず、
清水の観音さんにすがる事にします。

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定次郎の住まいは京都市下京区麩屋町綾小路。清水さんなら歩いて30分ほど。
柳谷さんへの苦行に比べれば、はるかに楽勝。
というわけで雀も歩いてみました。

麩屋町通りと綾小路通りの交差点から、そのまま東へ寺町通に突き当たります。
右へ折れてずーっと南下。松原通を左へ。鴨川を渡ると宮川町。歌舞練場も近く、
お茶屋さんも並びます。松原通を東へ東へ進みますと右に西福寺。
こちらは寺宝である『壇林皇后九相図』と『地獄絵図』が有名な浄土宗のお寺です。

九相図は六道図とも呼ばれ、檀林皇后の遺言により、その死から死骸が朽ち果て
やがて土に還るまでを克明に描かれた凄まじい絵です。
夏の期間限定(8月7日〜9日)で公開されるこの絵を今年こそは鑑賞したいと
思っています。

西福寺の角を右に入ればその先に六波羅蜜寺。
念仏を唱える口から六体の阿弥陀仏が現れたという伝承を現した
空也上人の有名な像があります。
この六波羅蜜寺のある通りがちょうどあの世とこの世の結界らしいです。

景清-1.jpg

西福寺からもう少し東へ行くと、あの世へと続く井戸がある六道珍皇寺があります。
去年の夏もこの辺りを散策しましたが、京都屈指のミステリースポット。
この道が正式な清水さんの参道と聞きました。
俗からあの世を通過して聖の世界へむかう。
清水さんへ日参する人は、この行程を毎日経験するのです。
心のありようも変わるかもしれません。結果願いも成就するかもしれません。
定次郎の目が開眼したように。
もっとも彼の場合はお母さんの信心深さのおかげだったんですけどね。

松原通に戻りましょう。やがて清水道を越えてしばらくゆくと三年坂。
ぼちぼち観光客も増えて来ていつもの光景になってきました。
それにしても着物率が高いです。
外国人観光客の皆さんは着物文化を楽しんでくれているようです。
足袋や草履、慣れない姿で歩くのは大変だろうにと感心します。

とか思いながら、山門に到着です。ただいま清水寺は平成大修理の真っ最中。
本殿と清水の舞台があらぬ姿になっていて残念ですが、かわらず観音さまの
慈悲パワーに包まれた大きな大きな存在のお寺なのでありました。

チュンチュン

さてさて
定次郎、年老いた母の為にもともう一度、観音さんに願掛けの百日参りを始めます。

清水寺にはその昔、平家の豪傑、悪七兵衛景清が頼朝の命を狙って失敗して
捕らえられた時、命長らえて源氏の繁栄を見るのは忍びないと、
自ら両目をくりぬいて奉納したという伝説が残っています。

まんざら目に縁がない訳でもなしとして、まじめに日参すること百日。
晴れて満願の日はちょうど観音さんのご命日の十八日。
これはご利益があるに違いないと、一生懸命お願いします。
ところがどんなに願っても、目はいっこうに開きません。
ぶちきれた定次郎、やっぱり観音さんに悪態ついて、
心配して来てくれた甚兵衛さんに涙ながらに訴えます。

母が満願の今日にあわせてこしらえてくれた着物は縞柄で、
この柄が見えるようになって帰ってくるのを願っている。
お赤飯とお酒を1本つけて待ってくれている。
それなのに、やっぱり目は開けへんかったとなったら、
母は絶望して死んでしまうやろう。そうなったら自分も死ぬしかない。

切なくなった甚兵衛さん、これから定次郎親子の面倒は
一切自分がみると約束して、ふたりして清水さんの石段を下ります。
「ひとりきて、二人連れ立つ、極楽の」と下座から地唄の『鳥辺山』。
甚兵衛さんええ人やあ。

するとにわかに雷鳴が轟き、激しい雨がふってきました。
大の雷嫌いの甚兵衛さん、定次郎を放ったらかしにして逃げ帰ってしまいます。
取り残された定次郎は雷に撃たれて失神。夜になって雨も止み、気がついた時、
背後から楊柳観世音菩薩が現れておっしゃることには、

「悪い因縁によりおまえの目は治らぬが、母の信心に免じて景清の目を貸してやろう」

夢かいな? いえいえちゃんと見えます。
大喜びする定次郎の足下になにやら二つ丸いものが転がっています。
たった今まで使っていた定次郎の目玉でした。

拾って大事に持って帰ろうとすると、観音さんが背後から

「定次郎、下取りの目は置いて行け」

チュンチュン

【本日のよもやま】

サゲはこの後、景清の目を授かったお陰で豪傑の精まで乗り移り、
大名行列に暴れ込んで名乗りを挙げる。殿様のかごの前で見栄を切ったものだから、

殿様「そちゃ気でも違ったか」  定次郎「いや目が違った」

と、するものもあります。
でもこうすると、前半の人情話的な話から一転、荒唐無稽な話になるので
定次郎の目が見えたところで終わるという方法を取る方が多いそうです。

枝雀さんは定次郎の目が見えたところで、同じく観音さまの霊験により奇跡が起きて
主人公の目がみえるようになったという浄瑠璃『壺坂霊験記』を語って、
定次郎の喜びを表現されてます。
「目のないお方に目ができました。おめでたいお話です」でチュンチュン

平景清は平安末期の武将で俗称悪七兵衛。(あくしちびょうえ)
悪は悪いという意味ではなく剛勇無双という意味で、歌舞伎や浄瑠璃、謡曲など
英雄として物語の題材になっています。あまりに勇猛果敢な武将であったため、
逸話や史跡が各地に残っていますね。

清水寺にもあります。くりぬいた目玉を本当に奉納したのかどうかはさておき、
壇ノ浦の戦いに破れ囚われの身となった時、獄中において自分の爪で彫ったと
される線描の観音像が残っています。『景清爪形観音』と言いまして、
経堂北側の随求堂の前庭にある石灯籠の中にお祀りされているそうなのですが、
暗くてなかなか確認できません。あちこち方角を変えてのぞいてみて、なんとなく
あれがそうかなあと思える程度でございました。

景清-2.jpg

また、景清の足形が残された石というのもありまして、その足のサイズなんと約50cm!
これがほんとなら景清はものすごい巨人ということになりますね。
“爪で小さな観音さまを彫る巨人”の図が目に浮かびました。

チュンチュン

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posted by 庭乃雀 at 04:24| Comment(0) | 京都編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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